奄美の旅 - DAY2 田中一村「閻魔大王への手土産」

いよいよ田中一村美術館へ

田中一村という日本画家。奄美で生涯を閉じた一村は、母が幼い頃、短期間、石川県の母の実家に居候していた。当時は無名の画家だったが、没後に評価され、2001年に奄美大島に美術館がオープンした際には一村が絵付けした徳利を祖父が寄贈した。そのような縁があり、一度美術館を訪れてみたかった。

田中一村美術館は、奄美空港のすぐ近くにある奄美パークという施設の中にある。前日にポストカードを買いに来たので場所は分かっていたが、パーク内の一番奥にある。早速入館して受付の方に母が名前を伝えると、「先生をお呼びしますね」と。
先生!?緊張する~とざわざわしているうちに、とても優しそうなお若い方が出てこられた。

見せるだけ?(笑)

母がどういう話を事前に伝えたのかよく分からなかったが、事務所の応接室に招いていただいた。祖父が寄贈した徳利はこの日は展示されていなかった。展示物が痛まないよう定期的に展示物を入れ替えているそうだ。

分厚い作品集の中から、この徳利が掲載されているページを見せてくださった。付箋が貼ってあったので、事前に用意してくださっていたようだ。確かに「大社焼き」と書いてある。大社焼きとは羽咋市の気多大社の焼き物である。


母は親戚から、一村が当時の千葉の自宅から送ったハガキを預かって持参していたが、これは見せるだけ、寄贈はできないとのこと。その文面には、描いた絵を「チッキで送ります」とある。私も若い学芸員の方も知らなったが、1980年頃までは駅留めで荷物を送ることができたそうで、それを「チッキ」と言ったそうだ。




それから母は「よろしければこちらは差し上げます」と若干厚かましく(笑)、一村の師匠である別の画家がハガキに書いた草花の絵を差し上げた。学芸員の方は快く受け取ってくださった。


それから美術館の絵画を鑑賞した。大胆であり繊細。片隅に書かれた名前の文字でさえ、芸術的にデザインされたタイポグラフィだった。子供の頃に描かれたデッサンの緻密性も記憶に残っている。
奄美のジャングルを描いた有名な作品には
「閻魔大王への手土産」

 と一村が言ったと説明があった。どういう意図の言葉なのかわからないが、壮大でお花も描かれているのにどこか仄暗い木々が印象的だった。

美術館の建物。奄美の高倉を模した形

車海老のエビフライと鶏飯が美味しい夕食

閉館時間近くまでゆったりと絵画を鑑賞し、夕食はビーチ沿いのレストランばしゃ山村へ。ホテルが併設され、和食、洋食から奄美の郷土料理までなんでもある感じ。サラダ、とんかつから始まり、最後は郷土料理の鶏飯(けいはん)で〆る。

写真奥のエビフライが絶品!奄美は車海老の養殖が有名。おかわりしました!

郷土料理の油そうめん

鶏飯の具はこんな感じ。甘く似た椎茸、わさび、紅生姜、海苔なんかもある

ここに鶏の出汁をかけていただく。しっかりとした味。


島人まーとで、地元メーカーの高級アイスを買って宿へ帰った。外が見える湯船に使ってみたけど、曇っていて夜空は見えなかった。

野鳥の美しい声を聞きながら眠る

前日もそうだったが、眠ろうと目を閉じると、虫?や鳥の鳴き声が聞こえてきた。はっきりと美しい音色で、ずっと聞いていたい鳴き声だった。夜明け前には鳴き止んでいた。

⬇️音声ONで聞いてみてください




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